昨年から始まったZAZA quartetの「ベートーヴェン・チクルス:弦楽四重奏曲全曲演奏会」。全曲を6年かけて行う。4人ともオーケストラに属さず、基本的には「個」人音楽家として活動をしているプロ。そんな彼らは何を考えこの試みを行おうとしているのか、その演奏を支えているものは何なのか?
今回は通常の演奏曲の解説に代わって、「Program Note の裏側」として聴衆とライブを一緒に創りあげる演奏者の気持ちに迫ってみた。
(聞き手:橋本敏子/ながらの座・座)
■なぜベートーヴェン・チクルスか
(金子)学生時代から弦楽四重奏が好きで好きでたまらなかった。いつかやりたいと思っていた。ベートーヴェンのチクルスをやるというのは登山家がエヴェレストを目指すようなもの。登らないと登山家とはいえない。しかも一度ならず、何度でも。今回はその一度目。
(中田)ヴィオラは、単独では成立しない楽器。四重奏として(他の楽器や人と)時間をかけて交わることで生まれてくる面白さ楽しさがある。それぞれ個性が強いメンバーばかりだから彼らと関わることで感じることがすばらしい。それに時間をかけて取り組むベートーヴェン・チクルス。この両方の重なりの中から深まりが生まれるのだと思う。
だから先が全く見えないけれど、やる価値があると思っている。いや、今はやるしかない!普通の生活では得られない刺激というか、精神の快感をこのメンバーとの共同作業のなかで感じているから。
(谷本)佐藤さんから誘われたとき、自分にとって最高のメンバーだったことが大きい。何年も一緒に長岡京室内アンサンブルでやっていたということもあるんだけれど、とにかく信頼できる仲間。信頼できないメンバーとは自分が出したい音が出せない。私にとって「ベートーヴェンだから」というのはなかった。このメンバーでやりたいということ。たまたまベートーヴェンのチクルスだった。
——最初にこの話が出たとき、佐藤さんはしきりに「今でしょ」って言ってましたよね。あの意味は?
(佐藤)「やりたい」って言ってもなかなかできないのが普通。そのうちやりましょ、ということでは終わってしまう。このカルテットはメインが誰という形ではないのでアンサンブルをしていくうえでは難しさがあるが、とにかくベートーヴェンを全部やってみたら見えてくる世界があるんじゃないかなぁと。だから難しいのを承知で、今やってしまおうと思ったんです。
■演奏者と観客と場
(金子)演奏者・主催者・観客・作曲家の四つは互いになくてはならない関係として成立している。この好ましいバランスを現実的に実現するのはとてもたいへん。でもこの「ながらの座・座」での全曲演奏で、ホントにいい形を見つけられるのではないかと思う。
——「座・座」の特徴として、観客がとても多様だということがあります。普段はあまりクラシック音楽に親しんでいない方もおられるし、かつて演奏者だった方や、出演者のファンもおられる。チクルスの場合、演奏者にとって観客との関係はどういう形が望ましいと思っていますか?
(金子)どのタイプにも興味があります。初めて聴く人が多く出てくるのが一番大事。
(佐藤)6年間聴き続けていただけたらベストですが、1回だけでもいいし、新しい観客も開拓していきたい。もっとエキセントリックなことをしてもいいんだけれど、入門編としてベートーヴェンはいいのではないかと思っている。
(谷本)普通のコンサートでは有名な演奏者が出ることで多くのお客さんが集まってくるけれど、我々はまだ誰も知られていないような存在。だから、一人一人の演奏をいいよと言ってくれる人(個人)を獲得し、そこから少しずつ広げていきたいと思っている。
(佐藤)聴衆との関係の理想を言えば、敷居のない状態にしたい。最初、(主催者から)「ライブ」という感覚やりたいと提案されたので。「座・座」なら聴衆が演奏者を囲む形にして、演奏者と聴衆のどちらが見る、見られているかがわからない近い距離で聴いたらどうだろうという実験ですね。
コンサートホールのようなステージと客席にはっきり分かれている空間と違って、演奏者にとっても身近にお客さんの反応を感じることができる。一緒に舞台をつくるという感じ。お客さんは演奏者の息づかいを間近で感じ、僕らは背中もみせながら、お客さんも一緒に音をつくりだしている感覚を体験することになる。
■音楽の“実演販売!”
(佐藤)お客さんのことを考えれば、もっと聴きやすい曲を演奏すべきかもしれないが、それをやってしまうとカルテットの主体性がなくなる。僕らは選んだ曲をお客さんにどうプレゼンするかが問われている。身近なんだけれど、やっている音楽は僕らが聴かせたい音楽。このような形でライブが実現できているのが「座・座」的関係ということかな。
——「座・座」はもっと実験にトライして欲しいと思っている。ここでは、失敗してもいいし、むしろ失敗することで“違う何か”に演奏者も聴衆も目覚めることもありうるわけで。そうなるとどんどん面白くなってきますね。
(佐藤)それってWS(ワークショップ)的な何かを含んできますよね。言い方をかえれば「実演販売」みたいなもの。ネットで何もかも手に入る時代にあって、そういう「実演販売」の魅力がリアルなものとして存在している。自分が意思をもって参加し、そこで新たな何かを発見したりすることで、さらに発展していく……。
(谷本)「座・座」にはコンサートホールにはない緊張感がある。こんなに近くから聴かれているという環境は数少ないと思う。
(中田)「座・座」の空間は土壁、質のよい木造でできた空間。私たち弦の音が、この空間でほどよくお客さんに浸透してゆくと思うんです。ここは。私も弾いているうちにみんなの音に刺激をうけてすごく高揚する。お客さんにも同じようにこの興奮を伝えられたら。
(佐藤)僕らも毎回ドキドキしながら、進化していこうという意思を持ってやっています。
(2014年5月9日)
※このインタビュー文は2014年5月11日開催『カルテット・チクルスⅢ「L.v.ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏会2」』のプログラムノートに掲載されました。